Contents

2021.09.09

女子ケイリン 小林優香選手のMY STORY MY LIFE

先日行われた東京2020オリンピック、自転車女子ケイリン・女子スプリントの選手として出場したのが福岡県鳥栖市出身の小林優香選手、27歳。メダル獲得は逃したものの、女子ケイリンを牽引するトップアスリート。

ケイリンは日本発祥の五輪種目。2000年のシドニーオリンピックから採用されました。最高時速80はキロにもおよび、激しい攻防や駆け引きが展開されるのが魅力です。1周250mのトラックを6周し、最大7名で行われます。

一方で、今人気のガールズケイリンは2012年から正式に「復活」した女子競輪です。もともとは昭和20年代に女子競輪は存在していましたが、人気の低迷などにより廃止となり、長い年月を経て復活した競技です。

競走距離はバンク(コース)の長さにもよりますが、約1500mで、バンクを周回して勝敗が競われます。先頭誘導員がおり、誘導中は先頭選手の前輪前端が後輪後端より前に出てはいけないというルールがあり、ここでの番手の取り合い、そして誘導員が退避した後のレース展開が見どころです。

そんなオリンピックの女子ケイリン・スプリント競技に出場した小林選手はもともとバレーボールでインターハイに出場するほどの実力者でした。しかし、バレーボールの選手としては小柄な体格、競技を続けることに限界を感じ、高校を卒業すると他のスポーツへの転向を考えるように。そして転機となったのは2012年のロンドンオリンピック。男子チームスプリントをテレビで見たときに、運命を感じたという小林さん。自転車競技のスピードと迫力に圧倒され、その道を志すことに。

もともとインターハイに出場するほどの運動神経と身体能力を持ち合わせていたこともあり、2012年の日本競輪学校(現:日本競輪選手養成所)の適正試験にパスすると、在学中から才能を開花させ、記録会で最高位の成績を収めたもののみが授与されるゴールデンキャップを女子生徒として初めて獲得するなど、瞬く間に注目選手として台頭します。そして2015年にはガールズケイリンにおいて賞金女王に輝きました。しかし、そんな順風満帆な競輪から離れ、次に目指したのは世界の舞台でした。2017年には日本ナショナルチームのメンバーとしてトラック競技の活動に専念するため拠点を伊豆へ移します。

積極的に海外遠征を行い、アメリカでの国際大会では優勝、2018年にはトラックワールドカップ第3戦のベルリン大会にて、日本人の女子選手として史上初となる銅メダルを獲得しました。東京オリンピックでは惜しくもメダルを逃しましたが、日本を代表する世界的アスリート、今後の活躍に注目です!

一覧へ戻る